ごちそうと言えば寿司。
来日した外国人が日本で食べたいものナンバーワンも寿司。
ドラマでも映画でも、
お盆に子どもが帰省してきた日の食卓に並ぶのは桶寿司。
「お父さんに会ってもらいたい人がいるの」と娘が男を連れてくる日も寿司。
でも本当に、そんなに寿司が好きな日本人ばかりなんだろうか。
ゴーヤが嫌いな沖縄人もいる。
パクチーが嫌いなタイ人だっているだろう。
そして、寿司が嫌いな日本人がここにいる。
寿司が嫌いになったきっかけは今でも覚えている。
子どもの頃のことだ。
自分が子どもの頃には、「法事」やら「葬式」やら「なんだかよく分からない親戚の集い」やらが、どうしてあんなに頻繁にあったんだろうと不思議に思うが、毎月のように集まりがあった。
俺の家は本家なので、そのたびに親戚一同が俺の家に集まった。
そういうときのメニューは判で押したように決まっていて、
煮物、具沢山のそば、茶わん蒸し、牛乳干、漬物、そしておばあちゃんの作る寿司だった。
近所の魚屋で寿司用に切ってもらったものを、おばあちゃんが握ったシャリの上に乗せるだけの田舎寿司だが、まず酢飯を作るときの匂いがたまらなく嫌だった。
炊き立てご飯にすし酢を混ぜ、団扇で煽りながらしゃもじで万遍なく混ぜるから、家じゅうに酸っぱい匂いが立ち込める。
「あー。。。また今日も一日ジジババの相手かぁ。せっかくの日曜なのになぁ・・・」
あの酢飯の匂いは、これからお前を一日軟禁するぞという宣告だった。
あの頃は今のように完全週休二日の会社なんてなかったから、集まるのは決まって日曜日。
飲んで食って騒いでいたジジババ達が、夕方近くになってようやく帰ると、夕飯の食卓には残った寿司が当然のように並べられた。
それは毎度のことなので、ため息を押し殺しながら流し込むようにしてしぶしぶ食べた。
寿司なんてうんざりだった。もうしばらく見たくもなかった。
そして事件は翌日に起きた。
小学校は給食だったから、中学生の頃だったと思う。
長い午前中の授業が終わり、やっと弁当の時間になった。
俺は同じものを毎日食べても飽きない性格だったので、醤油がたっぷりかかった海苔ご飯に卵焼きとウインナー、あとはテキトーというのが定番だった。
なのでその日も、そのつもりで弁当箱のふたを開けてぶったまげた。
なんとその日の弁当は、昨日の残りの寿司だったのだ。しかもマグロづくし。
昨日の午前中に作って、昼に客に出して、残った分は家族でまた夕飯に食って、それでもまだ残った寿司だ。「モスト・オブ・残りもの」だ。我が家の残飯処理係なのか俺は!
マグロはすっかり色が変わって黒ずんでいた。
しかも、母は醤油を入れ忘れていた。
もともと魚の生臭さが苦手な俺にとって、寿司でも刺身でも醤油でべちゃべちゃにして、「何を食べても醤油の味しかしない」ようにして食べるのが寿司であり刺身だった。
それなのに、鮮度の落ち切った、いかにも生臭そうな黒ずんだマグロを醤油なしで食えと?
おそるおそるそのマグロを手に取ってみると、シャリの上の方がマグロの汁を吸って赤く染まっているではないか。
それでも空腹には勝てず、勇気を振り絞って丸ごと口に放り込んでみたが、「オエっ」となって秒で口から吐き出した。
その日の昼飯抜きを悟った瞬間だった。
嘔吐いたからだけでなく涙目になった。
いや泣いてたかもしれない。
それっきり寿司が嫌いだ。
「あんまり好きじゃない」からハッキリと「嫌い」に変わった。敵意すら感じた。
それでも寿司というヤツは、日本で暮らしている限り、仕事の付き合いやら、冠婚葬祭なんだかんだで日々の生活にしつこく付きまとって来る。
食べれらないわけじゃないから出されたら食べるけどね。
でもそれは、
「嫌いなヤツでも挨拶くらいはしますよ、大人ですから」
っていう、しょうがねえな感満載だからな。
みんなにチヤホヤされてるからって
「どうせ僕のこと好きなんでしょ?」
なんてイイ気になってんじゃねえぞ。
みんながみんなお前のこと好きだと思ったら大間違いだからな。
お前なんか、マクドナルドよりもケンタッキーよりも吉野家よりも100円ローソンのだけ弁当よりも格下だからな。
なのに、87歳になるすっかり食欲の落ちた母が、
「お寿司なら少しは食べられそう」
ということが増え、週に2回は「かっぱ寿司」やら「はま寿司」やらに連れて行く。
しかし目で見る分には欲しかったが実際に目の前に出されると「食べられない」ということも多く、残した分はもったいないから俺が食べるハメになる。
せっかく俺はうどんや納豆巻きやハンバーグ握りとかで乗り切ってたのに。
そういう時はいつものように、醤油をべちゃべちゃにかけて、そいつらの存在意義をなくしてから食ってやるのだが
「そんなに醤油をかけたら体に悪いよ」
と母にたしなめられる始末。
自分が俺を寿司嫌いにさせた張本人だとも知らずに・・・。
それでも、いくらやホタテや中トロを
「美味しい~」
と言って食べる母の笑顔を見ると、こっちも嬉しくなる。
母に優しくしてくれるなら、嫌いなヤツだけど良いとこもあるんだってことは認めてやってもいい。