自分は花粉症ではない。
鼻水は出るし、くしゃみも出るし、目もかゆいし、声の調子も悪いし、花粉症の市販薬も毎日飲んでるけど花粉症だとは認めていない。医者から診断されたわけではない。予防のために飲んでるだけだ。こういうのは認めたら負けなのだ。
花粉症の時期に飛行機に乗ったときのことだ。
突然、機内で今まで味わったことのない、ものすごい頭痛に襲われた。
耳抜きがうまく出来てないんだと気付き、唾を何度も飲み込んだり、飴を舐めたり、あくびも出ないのに口をパクパクしてみても、なんら改善が見られない。
初めての事にどうしていいのか分からず、通りかかった客室乗務員を呼び止めて症状を伝え
「なにか良い改善方法はないか」
と尋ねた。
飛行機に乗り慣れてる客室乗務員ならこういう時の対処法に詳しいだろうし、飛行機には耳抜き改善の特効薬とか置いてあるのではないかと期待して。
「少々お待ちください」
と言って一旦立ち去った客室乗務員は、紙コップを片手に戻って来た。
良かった、薬を持って来てくれたんだ。
さすが日本の航空会社は世界でも指折りのサービスだというだけのことはある。
「お湯でございます。お熱いので気を付けてください。」
はいはい。お湯で飲むわけね。
次に差し出されるであろう薬を待っている俺に、客室乗務員が言った。
「耳に当てると少し楽になるかもしれないです」
は?
耳に当てる?紙コップのお湯を?
「はあ・・・」
納得できない顔で答える俺に、
「あと、よろしかったら」
と言いながら客室乗務員はエプロンのポケットに手を入れる。
なんだぁ持って来てんじゃん、クスリ。
もったいぶらずに早くくれればいいのに。
しかし差し出されたモノを見て唖然。
なんとそれは、飛行機の入口に「ご自由にお取りください」と常備してある飴玉だった。
「お舐めになると効果があるかもしれません」
あのさぁ、飴はさっきから舐めてんの。
お口パクパクもさんざんやってんの。
それでもダメだから助けてって言ってんの。
しびれを切らした俺は
「あの。。。こういう時に効く薬とかはないんですか?」
とこっちから尋ねた。
すると、まるでそう言われるのを見越していたかのように
「お薬に関してはどのようなお薬であっても、お客様には提供できない決まりになっておりまして」
と滑舌良く断られてしまった。
そして、
「もしかしてお客様、花粉症でございますか?」
と尋ねられた。
認めたら負けだと思ってる自分でも、この時ばかりは、認めればなんらかの改善方法があるのかもしれない、と藁にも縋る思いで
「はい、花粉症です。薬、飲んでます。」
と答えると
「この時期、花粉症の症状が重い方はときどきお客様と同じような症状になることがあるんです」
という。
そんなことは良いから対処法を言ってくれと次の言葉を待っていると
「また何かございましたら、いつでもお呼びください」
と言って去って行った。
・・・認め損
しかも
「今は上空を飛んでおりますが、これから飛行場に近づいて飛行機が下降し始めると、もしかしたらもっとお辛いかもしれません」
と余計な情報まで残して。
・・・この痛みはまだ序の口
暗示にかかりやすい性格もあるのかもしれないが、下降し始めたら本当に頭がさらに痛くなり、脳が破裂するんじゃないかと思うほどの苦しみだった。
やがて飛行機は着陸し、乗客が順番に降り始めている。
割れそうな頭を抱えつつ、重い足取りで出口に向かい、出口まであと3メートルという所まで来たら
「パンっ!」
といきなり頭の中(耳の奥?)で大きな破裂音がして、嘘のようにスーっと頭痛が消えていった。
脳内出血でもしたのかと思ったが、詰まっていた空気が耳から抜ける音だったようだ。
へえ、こうやって治るもんなんだぁと、感心した。
そして、その一か月後にまた飛行機に乗った。
前回と同じ轍は踏まないように、ペットボトルの水、飴、ガム、点鼻薬を機内に持ち込んで万全を期した。
飛行機は離陸の時が眠るにはいいタイミングなので、イヤフォンをして音楽を聴きながら眠る態勢に入った。
出発前のロビーでビールも飲んだので飛行機の揺れが心地よく、いい感じで眠くなり飛行機が雲を抜ける頃には眠りに落ちていた。
しばらくして目を覚ますと、何か視界がおかしい。
右目が見えてないんだということに気付くまでに少し時間がかかった。
なんだ、なんだ、なんだこれは!
何度も瞬きをして、首を前後左右に振ったりしていると、徐々に視界が戻ってきた。
頭痛も目の痛みも何もなく、ただ瞬間的に視界を失っていただけのようだ。
なんだったんだ今のは?と驚いたものの、すぐに忘れ去ってしまった。
そしてまたその1か月後に飛行機に乗った。
そしていつものように離陸と同時に眠りに落ち、目を覚ますと、なんと今度は両目の視力を失っていた。
これには焦った。
目を開けているはずなのに、目の前は真っ暗なままだ。
何度まばたきしても視力は戻らない。
多分、時間にすれば3分くらいだったのだろうが、やがて右目の右側からジワーっと白く明るくなってきてそれが全体に広がり、同じように左目も明るさが戻ってきてやがて元の視界に戻った。
心底ホッとした。
目が見える有難さを痛感して目が潤んでしまった。
しかしこうも続くといささか怖くなり、自宅に戻ってから眼科へ行き、すべての検査をしてもらったが、どこにも異常がみられないとのことだった。
症状は出るのに異常がない、というのがなんとも怖い。
それからは自分なりに考えて
もしかしたら三半規管が弱ってるのかもしれないから、機内でイヤフォンをするのはやめよう。
飛行機に乗る前のビールもやめよう。
花粉症の薬は必ず飲んでから搭乗しよう。
と決めた。
それからは今のところ飛行機に乗っても症状は出ていないが、今こうして書いていて気付いたことがある。
いつも行きの飛行機の中で症状が出るが、帰りの便では出たことがない。
そこに何かしらヒントがあるのだろうか?
だとしたら花粉症は関係ないのか?
いや、違う。
行先はたしかいつも沖縄だった。
沖縄には花粉症がないと聞く。
沖縄に滞在している期間に花粉症の症状が緩和され、緩和された状態で飛行機に乗るから帰りには症状が出なかっただけかもしれない。
謎は解明されないまま、明日から俺の沖縄旅行ラッシュが始まる。
今まで以上の緊急事態が起きない事を願うばかりだ。