大嫌いなヤツがいた。
昔、長く付き合っていた恋人をそいつに奪われた。
死ねばいいのに。いや死ね。
一時はそんな真っ黒な感情を抱いていた。
恋を失くした悲しみからは立ち直っても、そいつへの憎しみだけは固いしこりのように残った。
その憎い相手が8年前から那覇でバーを営んでいる。
奪った恋人とは那覇に来る前に終わったことも聞いていた。
すべての経緯を知っている友人がいて、その友人はその憎いヤツとも友達で、一緒に那覇へ行くたびに俺をそいつの店に連れて行きたがる。
嫌だと言ってもしつこく誘う。
友人の魂胆は分かっている。
2人が顔を合わせてそれぞれがどんな表情を見せるのかを観察して楽しむためだ。
俺が頑なに「行かない」と言うと、最後には決まってこう言う。
「なに?お前まだ引きずってんの?」
「ん、んなわけねーだろ!」
と答えた時点でもう負けだ。
「じゃあ良いじゃん、行こうぜ」
いつもこの手で連れて行かれる。
この間の那覇旅行でも同じ手で連れて行かれた。
店に入った瞬間はいつも気まずい空気が流れる。
「よぉ」
と俺が挨拶すると、ヤツは固い笑顔で
「ヤナガワさんが来てくれるなんて嬉しいです」
とおしぼりを差し出す。
俺は短く答えておしぼりを受け取る。
その時の2人の表情を、友人は横目で見ながらほくそ笑んでいる。
ホント、クソ野郎だな。
心の中で友人を罵る。
今回もスタートはそんな空気だったものの、その日夕飯に美味しいフレンチを食べ、ボトルワインを2本空けた上に、その後に流れた2軒の飲み屋もめちゃくちゃ楽しくて、俺はかなり上機嫌だった。
だからなのか、ヤツとの間に立ちはだかる垣根みたいなものが低くなっていたのかもしれない。
昔の因縁を忘れて、初めていろいろな話をした。
楽しく会話が弾み、ヤツの話に屈託なく笑ってる俺がいた。
そして、いつの間にか
「コイツ、良いヤツじゃん」
と思うまでになっていた。
やがて俺を強引に連れて来た友人が
「そろそろ帰る」
と言い出した。
俺はまだヤツと話していたかった。
まだまだ話し足りない気分だった。
「俺はもう少し飲むわ」
と店に残る事を友人に告げると、
一瞬驚いた顔を見せたが、ニヤッと笑って
「そっかそっか。俺のボトル飲んで良いからな。空けちゃってもいいぞ、じゃあな」
と言って帰って行った。
それからも楽しく語って楽しく飲んだ。
時間が瞬く間に過ぎた。
ヤツが
「一旦店を閉めて、同じフロアにある向かいの店に顔を出したいから付き合って欲しい」
と言い出したのは朝の5時か6時。
もう帰ってくれ、という意味かと思ったがどうやらそうではなさそうだ。
ぜひ一緒に来て欲しいと言う。
もっと一緒に飲みたいとも言う。
めっちゃ可愛いこと言うじゃん!
もちろん良いよ、とその店に移動した。
それからの事はあまり覚えていない。
その店のママがキチガ〇的に面白かったことや、客がみんなキャラ濃い目でハチャメチャだったこと、ヤツと肩を組んで飲んだことくらいの記憶しかない。
そしてその店が閉店になると今度はそこのママが、ヤツの店で飲み直したいと言い始め
「2時間で良いから」
と言って店のスタッフも引き連れてまたヤツの店に戻り、なぜか俺まで付き合わされ、みんな飲むわ飲むわ。
怒ったり泣いたり笑ったりそれはもう忙しい。
やっと解放されたのは、なんと午後4時だった。
昨夜の7時にフレンチの店で飲み始め、飲み終わりが翌日の午後4時。
21時間飲み続け!!
もちろん初めての体験だ。
沖縄の人は飲み始めると長いとは聞いていたが、これほどとは。
しかも、ヤツもママもその日の9時からはまた店に立っていた。
恐るべし強肝臓。そして強スタミナ。
なぜ知ってるのかと言うと、俺も深夜からまたその2軒に飲みに行ったからなのだが(笑)
飲み過ぎで、二日酔いのような時差ボケのような気だるさが帰る日まで残ったが、気分はこの上なく爽快だった。
ヤツに紹介された離島にも今度行くつもりだ。
しつこく俺をヤツの店に連れて行きたがった友人は、もしかしたら俺たちが本当は気が合うことを分かっていたのか?
もしそうだとしたら、友人の手のひらで転がされた気分で面白くないので、この話はまだ友人にはしていない。
「ごめん」も「ゆるす」も言わない仲直り。
良い那覇の旅だった。